こんにちは
築城(つゆき)明美です。
明けましておめでとうございます。
あ…、松の内はとうに過ぎましたね。
寒中お見舞い申し上げます。
今年もよろしくお願い申し上げまする〜ぅ
東京ではじめて迎える冬でございます。
南国育ちのヘナチョコにとっては
かなり厳しい環境です。
♪上野発の夜行列車降りた時から〜、青森駅は雪の中〜
さぶううううぅぅぅぅ
『津軽海峡冬景色』を聞くと、本当に寒くなってしまいますね〜
この歌詞に、「上野」と出てくるから、
もう、上野も極寒の地として、私の中に刷り込まれている気がする。
歌っている石川さゆりさんは、私と同じ熊本出身です。
なんと私と同い年で、
川をはさんだ橋の向こうとこっちに住んでいた時期があります。
私のカラオケ十八番は、「天城越え」だったりする。
フッフッフ…
♪あまぎ〜ぃご〜ぉえ〜〜ぇっ
“ご”のところでコブシをまわすのがポイントよ!!
本題からそれてしまった〜〜〜〜レレレのレ〜
実は、先日、岩手まで行ってきました。
津軽海峡までは行かなかったけれど、岩手もかなり北国です。
日本国内では、最北行です!!!
学生時代、アメリカに旅行した時には、直行便なんてなかったので、
アンカレッジ(アラスカ)経由で行きました。
とりあえずは、真夏のうすら寒いアンカレッジ空港に降りました。
でも、岩手の方が北のような感じがする…
アメリカに行くのに、何でアラスカを通るんだ?
と不思議に思う若者たちよ!
一度、地球儀の日本とアメリカとをゴムひもでつないで見たまえ!!!
やってみるとわかる、アラスカ近くを通るのよ。
あぁ、地球は丸かった。ジャジャ〜ン♪
アンカレッジがいくら寒くても、
「アリューシャン列島冬景色」より「津軽海峡冬景色」がいいよな〜ぁ
◆ □ ◆
どうして北、北、と連呼しているかというと、
今日の話題は韓国だからです。
東京から見れば、韓国は西の国ですよね。
でも九州の私たちから見れば、北にある外国なんですよ。
北朝鮮はそのまた北にある、
ムチャクチャ寒い国というイメージです。
北朝鮮の首都ピョンヤンは岩手の盛岡よりも
南に位置しているんですね〜。
もしかすると、北海道の人にとっては、朝鮮半島は南国ですやろか??
あううぅぅ
そして、韓国ソウルへは大分空港から直行便が出ていますが
飛行機でたった1時間半で行けちゃいます。
東京−大分間と同じです。
さらに距離でいうと、大分から静岡県ぐらいしかありません。
大分からは、東京の方が遠いのだ〜ぁ!
青春18切符で東京から大分まで帰ったお話をしましたが
もし、ソウルまで青春18切符が使えたら、
大分からならその日のうちに着けちゃう距離です。
第26号、第27号「あぁ、日本半分-鈍行の旅」
http://imozurukun.com/imomaga/26.htm
http://imozurukun.com/imomaga/27.htm
(@_@) ☆ (@_@) ☆ (@_@)
ヨン様フィーバーの、アノ事件の日。
私はなんと、
六本木ヒルズの49階で某社のセミナーに参加しておりました。
昼食のため、玄関に下りてみると、
報道陣と中年の奥様方とで、花道が出来ている。
オヨヨ... (from パンチdeデート 古!)
その花道を逆に歩いてビルの外まで出ました。
...そういえば、朝からお巡りさんもたくさん見たぞ???
この、奥様方の密集度から言って、
ヨン様? え?、もうすぐここに来るの?
うわ〜、こりゃすごい。
初めてヨン様フィーバーの内側からそのすごさを見ることが出来ました。
この社会現象って、なんなんだろうな〜
ぺ様 ぺ様 ぺ様 ぺ様 ぺ様
子供の頃から韓国は遠い国でした。
外国というのもあるけれど、九州には独特の文化があります。
朝鮮半島から大陸の文化が流れ込んで、
交流が盛んだった時代…
戦前、戦中、戦後と一緒に暮らしながら
交わりそうで交われなかった時代…
などなど、暗い過去がいっぱいありました。
さらに、私は熊本出身ですので、
戦国武将、加藤清正の朝鮮出兵の武勇伝を
両親から聞かされておりました。
熊本の秋祭りに「ぼした祭り」というのがあります。
今は、「藤崎八幡宮秋季例大祭」と言わなければなりません。
熊本最大のお祭りです。
起源は加藤清正が朝鮮出兵の帰りに
戦勝御礼参りをしたからだそうです。
「ぼした祭り」の“ぼした”は、「滅ぼした」の“ぼした”です。
今ではその言葉を使うことは禁止されています。
以前は、街中を練り歩く掛け声(「わっしょい!」みたいなもの)は
「ぼした、ぼした、滅ぼした。清正公が滅ぼした」でした。
飾り馬を追い回しながら練り歩くという
かなり大規模なお祭りです。
現在は「どうかい、どうかい!」という掛け声になりました。
意味は、「どうなのよ?調子はどう?」みたいな感じです。
韓国と動物愛護協会からのクレームで名称、掛け声も変わり、
馬の追廻もなくなりましたが、
クレームがなければそのままだったのかな〜???
私も、出身地の大きな祭りということで
両親に連れて行ってもらったときは、以前の掛け声のままでしたので、
正直、「え?、このお祭り、いくらなんでも・・・」と
うろたえてしまいました。
九州だけではないでしょうが、
日本人と、韓国・北朝鮮の人たちの間には、
互いの心の中に高ーい壁がありますね。
(この際、国のトップの方の話は除外します あわわ、汗;)
韓国も日本語を公共の電波に載せる事を
つい最近まで禁止していましたもの…
今の状況を考えると、すごい勢いの変化です。
今韓国では「ヨン様」のように、
自分の名前に「サマ」をつけるのが流行っているそうですね〜
ありゃ、既にボリュームオーバーかえ?
次回は、日韓関係をもう少し掘り下げてみます。
▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽ 予告 ▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽
一昨年、韓国の企業から
「いもづる君」のオファーがありました。
互いに会社訪問をし、こちらも韓国まで行ってきました。
本当に良い人たちばかりで、
ただただ、言葉が通じない哀しさを、
思いっきり味わってしまいました。
通訳の方が席をはずされた時は、
ニコニコ笑ってるしかない…
英語で会話?
なんと相手はドイツ語はべらべらだけど英語はさっぱりの
大学教授だったのでした。 おおおーっ!
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お楽しみに。
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